ぎゃしゃ浮砲台

浮足立った雑文

TEENEGER/オカモトコウキ

10年くらい前に通っていた駅前のバー。
そこでお酒を飲む時間は、大人ぶりたい背伸びと肩肘を張りたくない手軽さが、ちょうど良い温さだったから。
常連とまではいかないけれど、店主がこちらの顔も名前もすっかり覚えてくれた頃に、自分で持って行ったCDを店内で鳴らしてもらったことが、一度だけあった。

山下達郎『TREASURES』の「蒼氓」を、客が自分一人になった時に、ウイスキーを飲みながら聴いた。
なぜそんな事をお願いしたのか、その契機となった出来事はまるで覚えていない。
でもきっと、一人でサクッと飲み込むには苦くて、そんな苦さをヒロイックに浸りたいMっ気のような気持ちもあって、こんなリクエストをしたのだと思う。

思い出すと、恥ずかしさしか無い。

感傷的なフリをして‘“あの頃”に浸るセンチメンタルは独りよがりなスイーツ。
失ってしまった記憶を甘やかに思い出しながらウイスキーでも、なんてことに酔えるほど、厚顔になれなくなってきた。
ごめんなさい、ともっと言えたら、というタラレバに打ちのめされるから、浸れもしない。

あのバーで蒼氓を聴きながら飲んだウイスキーの恥ずかしさ、を思い出した一曲。

https://open.spotify.com/track/5jLd8GTjKkN75O5vONwLU8?si=hkCe3kTUTJWKYKcBTwymtQ

ホットギミック ガール・ミーツ・ボーイ

一晩経てば、と思ったけどまた‏ヒリヒリする。
日焼け止めを塗らずに海で遊び回り、その晩も翌日ものたうち回った7歳の夏を思い出す。


こんなにも焦がれた元凶。

 

 
一晩では収まらないヒリヒリも、幾晩か経てば消え失せるのだろう。
苦しさを名残惜しく感じてしまう。

 

■豪華3種盛

「秀才であるが故に感情に振り回されている自分を許容できずに、好きな女の子に意地悪な態度を取ってしまう、幼児のように素直な幼馴染」が「細身長身前メガネ切れ長三白眼生白爬虫類系」

「華やかな容姿でファッション雑誌の表紙を飾り、甘い言葉で愛を囁いてくれる王子様、と見せかけて心を踏みつけてくるドSな憧れの君」が「将来的には斎藤工ライクな顔面性器に成長しそうなぱっちり二重とぽってり唇の華やかチャラ系」

「常に温かい目線で守り、無防備でいさせてくれる存在、でありながら兄弟以上の愛情を抱いていることが暴発しそうな兄」が「清潔感第一の模範的な服や髪形が余計に顔面(特に顎のライン)の整い具合を引き立たせる系」

王道フォーマットな3方向から至れり尽くせりのジェットストリームアタックが次々と繰り出されるキラキラときめきガールズムービー...とはならずに、痛みに痛みを重ねてくるような映画だった、
甘いのに痛ましい気持ちの波はガールのものか?ボーイ(ズ)のものか?
「10代の青春の痛み」なんて限定的では無かった。

 

 

■海鮮丼は本当に美味いのか

観賞後、呆けた脳で酒場へ行った。
魚が美味いと評判の店で、もずくと刺身と天ぷらを口にして正気を取り戻しつつあったが、締めに頼んだミニ海鮮丼が「うに・いくら・イカ」のジェットストリームアタック丼だった。
海鮮丼ってテンションあがるやん、と思って食べたけど疑問符が浮かんだ。
うにといくらとイカが混ざった味を美味いと言えるのか。
うにといくらとイカがマックス美味しいと思えるのはどんな時だ。
そう、白ごはん。
白ごはんと一緒の時にこそ、うにもいくらもイカも真価を発揮する。

 

 

■白ごはん賛歌

「わかんない」は思考の否定ではなく、感情が入り混じり過ぎて自分でも掴めない白さで。
わかんない、明日には色が変わってしまうかもしれない、けれども己の白さと味を全肯定して進む少女の美しさと怖さ。
いつだって、そんな怖さと美しさに憧れ続けている。
一生、手の届かないものだから。
うにになっても、いくらになっても、イカになっても、白ごはんには敵わない。

取り留めもない言葉を書いてて、何に呆けて打ちのめされていたのか、どんどんぼやけてきた。
わかんないよ。

フチなしメガネ

「そうそう」
彼の話している景色を思い出すと、自分や誰かの言葉を受け止めて、一撫でして、またラリーが続くように返す肯定の相槌を思い浮かべる。

魔法のような、悪魔的にも思えるその相槌は、自分も相手も言葉の奥にある考えを更に深めたくなるブーストアイテムだ。
そんな彼のような柔軟に相手の動力を活かした会話ができたらな、と毎度感じている。

どのくらいのお付き合いかと振り返ったら、もう13年も経っていた。
干支一周していたことも意識しないほど、飽きることなく同じような話をループしている。

20代後半から30代を経て、40代へ。
年齢の節目に特別な価値は無いけれど、感慨のようなものはある。
先人たちを見て凝り固まった思考や行動にはなるまい、と抗う気持ちに苛立たないように。
若い価値をおもしろがり続けたい。
ええとこ取りしたくなるバランスを取っちゃいそうな世代に突入することにも、おもしろみはありそうだと今から楽しみな時期だ。

「友達」とも呼びたいし、「コンシェルジュ」とも呼びたいし、「マスター(師)」とも呼びたいし、関係を定める言葉なんて無粋なんだけど、包括して「共犯者」でいられたらなぁと思ってる。

レンズは通せど、枠にハマらず

フチなしメガネで世界を見て、考えて、話して、お酒を飲もう。

メガネヤさん、四十路突入おめでとう。

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2018年だった

あぁ、もうひなフェスの時期なんだ。
ハロープロジェクト!の毎年恒例行事、ひなフェスにおける前哨戦かつ最大の注目コンテンツである抽選会の映像を楽しませてもらうのも、もう何年目なんだろうか。

 


Hello! Project ひなフェス 2018 ~恒例!ソロ&シャッフルユニット大抽選会!!~

 

ひなフェスの映像を眺めていて、やっと2017年が終わって2018年に突入していることを実感した。
年末年始どころか、去年1年が光陰矢の如しで、なんと言うか、記憶が抜け落ちるような年だった。
脳と身体の神経をクローズしながら走らないと溺れそうだった。
あぁ、今こうして文字にしてしっくりきた。
溺れていたんだ。

 

溺れるような日々でも僅かに呼吸が出来ていたのは、ライブやら映画やらお金やら、ずっと自分に刺激と活力を与えてくれた物事に触れる習慣があったからだ。
大好きなエンタテインメント(お金の世界って本当に楽しいエンタメ)に触れている時に、「ぷはぁっ!」と呼吸をすると脳と身体に酸素が行き渡って、「あぁ、なんとか生き延びてやがるな!」と少しだけ客観的になれた。
あっぷあっぷしながらもエンタメに触れ、呼吸し、ツイートし、mixiがある頃からずっと続けているように記録としてまとめていた。
記録っていいね。
今になって2017年の自分の時間を反芻して、掘り起こして、苦さも含んだ美味しい時間を実感している。

 


2017年の年始はとにかく眠れない夜が続いた。
「本当に生きていると言えるのか?」と考え出して眠れなくなったのは、福本伸行銀と金』全11巻を読破した夜。
夜というか明け方だったな。
そもそもこういう考えや言葉が脳に貼り付いてしまう時点で、結構な警告アラートなんだけど、どうしようも無かった。

 

銀と金 1

銀と金 1

 

 


何気無く眺め見ていたら、あーあーあーと口を開けて涙していたのが、Amazonプライムで見た映画『潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ』。
ロバート・デュバルが演じる飄々としたやんちゃ爺は、切なくも潔く孤独と向き合っていた。
孤独であることに強くなれる人なんていない、そう思っているんだけど、しなやかに受け入れている人に憧れる。
身内の贔屓目だとは思いながらも、我が父がそういう人間の片鱗を持っていることを感じるので、父はずっと憧れの対象である。
潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ』は、「どんな大人になりたいか?」という永遠に解けない、納得できない答えの一部が感じられた映画だった。
あ、同じような感触の映画があった、『セント・オブ・ウーマン』だ。

 

 

映画館での記憶はハイローとキンプリの熱狂がほとんどだった。
これらは自分にとって、新しいけど新しくは無いものなんだな、と思いながら意識的に熱狂して踊った。
2つの作品・シリーズが何か既存のものに似ている、ということではなく、自分の捉え方・解釈が自分の好みの文脈だってことだ。


チョロい客なんだよ。そうありたいんだよ。
チョロく熱狂するために、脳と身体とマネーを使うんだよ。
タイムアンドマネーアンドソウル、を自分で注ぐんだよ。
そんな気持ちを大肯定してくれるから、ハイローとキンプリが好き。

 


HiGH&LOW THE MOVIE 2 / END OF SKY -DVD&Blu-ray(Teaser)-

 


劇場版「KING OF PRISM -PRIDE the HERO-」劇場予告

 

たくさん映画館に足を運んだけど、映画として今も残響があるのは『夜明け告げるルーのうた』だけかもしれない。
(『バーフバリ』はハイロー・キンプリと同じカテゴリ)
「善良であること」は味気無いなんて思っていた頃もあるだろうけど、今は温かな気持ちになれることにありがたさを感じる。
温かい世界の中で、「音楽を信じていいんだよ」って言ってもらえた気がしたなぁ。

 


映画『夜明け告げるルーのうた』PV映像


刺激的な音楽は瞬間ドーピングのようで、身体も脳もグラつくことに価値があるのだけれど、今の時点から去年を振り返って残っている一番の音楽は、桑田佳祐『がらくた』だった。
孤独の太陽』(1994年)が桑田佳祐をいいなと思ってる芯で、ずっとそれを更新できなかったけど、『がらくた』がそれを超えた。
超えた、でも無いのかな。変化を受け入れてハマれたタイミングだった。
『がらくた』も温かいからかな。
『若い広場』を聴いてクサす気持ちなんて1ミリも湧かない。本当にありがたいなぁ、と思わず手を合わせて拝みそうになるほど、感謝が溢れる。(拝みはしません)

このアルバムを聴いて、「いいねぇ」って言い合える人とチビチビとお酒飲みたいよね。

 


桑田佳祐 - 若い広場(Full ver. + AL『がらくた』トレーラー)

 


他にも、

・『約束のネバーランド』と『Dr.STONE』で少年ジャンプがまた生活に戻ってきた
・『花火』(Netflix)のお陰でOKAMOTO'S「BROTHER」涙パブロフになった
・舞台キンプリと任天堂Switchが未来を開いてくれた
・1年越しで見ることのできた飯伏幸太の意外な泥臭さに惚れ直した
・『キャプテン翼~たたかえドリームチーム』でスマホゲームにタイムアンドマネーアンドソウルを投じる価値を見出した
・「ぱいすー!」は最高のワード(なのに、流行らなかった。。。)

とか、自分にとっては地続きで新しい養分を得ていたことを、記録を見てちゃんと実感できた。つい先程。
渦中に感じることと、時間を置いて感じることは味わいが異なる。
美化したり、消去したり、人間は都合良くできているもんだ。


「都合良く生きてぇな」
あぁ、自然と言葉に出たわ。これだわ。
誤解されそうな言葉だけど、躊躇せずに誤解されていこう。
誤解されないバランスで言葉を受け取ってくれる人たちと過ごそう。


そのためには、酒&業。

 

 

いつも冷や汗をかく質問

某日、大阪市内某所で昼食を食べた店は、近隣・市内でもまぁまぁ有名で食べログやらブロガーが高評価を付けている、ある名物揚げ物を食べるために、お昼のピークタイムでは行列が出来る。
狭い店内では相席するのが当然で、案内されたテーブルには4人席で2人の女性が向き合って定食を食べていた。

「こういう揚げ方、東京には無いよね」
その言葉で東京からの観光客っぽいと推測する。なるほど、観光客もこの店に来るような状況になってきたのか。

「旅行ですか?」と暇つぶしに声をかけ、お互いに定食を頬張りながら雑談。
あるミュージシャンのライブを観に来たことが主目的なこと、ライブ以外は大阪を食べ歩きしたいと考えていること、と話が進み、「明日は今井か北極星に行こうと思ってるんですけど、今日は、、、」
この一瞬の言葉の隙間、何度も味わった寒気がする。
来る、絶対にあの言葉が。


「今日は、お好み焼きかたこ焼きを食べたくて」

さぁ来るぞ、この後に続くいつもの言葉が。

「どこかオススメのお好み焼き・たこ焼き屋さんありませんか?」


何度もこの言葉で冷や汗をかいてきた。
「あっ、えーっと、、そうですね、、、」と言葉が濁る。

知らないんだ、絶対にオススメして間違いの無いお好み焼き・たこ焼き屋なんて。
「毎週のようにお好み焼き食ってねぇよ!」
「自宅に必ずたこ焼き器はねぇよ!」

と吠えながら自己防衛したくなる。

 

「妥当に美味くて快適なのは、やっぱり風月」と答えたいけど、そんな答えは望まれていない。だってお台場にすら風月はあるんだから。
ミナミの「福●郎」やキタの「き●」で、全国やアジアからの観光客に混じって並んで食べている関西人なんていないよ(多分)
たこ焼き屋なんて、お好み焼き屋より行く頻度が少ないし、選択肢が思い浮かばない。

即答できなくて、いくつかの質問をして条件に合いそうな手玉が無いか脳内サーチをする。

・時間帯は昼なのか夕方なのか夜なのか
・宿泊・行動場所はキタかミナミかそれ以外か
・人数は何人か
・ソース系か醤油系か
・雰囲気と快適さのどちらを重視するか

「ミナミ宿泊で、夜の遅い時間に」という条件が聞けたから、今回は『鉄板野郎』を推したけど、それも最適解だったかどうか、今でも悩ましく思う。

 

『好きだよ。好きだけど。。。』とトロピカ~ル恋してるなフレーズを思い浮かべながら、こういう場面でだけ勝手に自己肥大させてしまう「コナモン大好き人種の一員」という見えない重圧にずっと苦しめられている。

 


松浦亜弥 - トロピカ~ル恋して~る

aikoを聴く⑤~暁のラブレター

「私ほどの女を振ったあの男なんて地獄に落ちれば良い、って思いながら●●って人の歌を聴いていた」
立ち呑み屋でグダグダと、3年も前の男の思い出を語った女が、歌に求めていたのは救いや癒やしでなく、呪詛だった。

 

「ひどい男だった。自分が悪者にならないように居なくなるなんて、最低」
そう言いながら、女の顔はますます紅潮していった。その紅さを生み出す感情は怒りだろうか。否、違う。
酒が進むごとに次々と零れ落ちた呪いの言葉は、女がまだ男のことを忘れられない証拠を積み上げていた。
自分の言葉が、それに呼応してくれる歌が、自分の恋慕と未練の想いを強めてしまうマゾヒスティックな行為であることも感覚的に理解しながら、一面では酔いしれている。

 

相手を呪っても自分は救われない。
自傷的ではあるけれど、独りよがりの想いを爆発させて、結局は自己解決しか無いのだ、とaikoはいつも歌っている。

 

5th Album 『暁のラブレター』 

暁のラブレター

暁のラブレター

 

 発売日:2003/11/27
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1 熱
2 彼の落書き
3 アンドロメダ
4 ふれていたい
5 夢のダンス
6 蝶々結び
7 ライン
8 帽子と水着と水平線
9 すべての夜
10 えりあし
11 白い服黒い服
12 風招き
13 天の川

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とても、しあわせそうだ。
しあわせが溢れて眠れず、暁の時に認(したた)めた封を閉じれないラブレターに一人でニヤついている。
やはり、aikoには浮かれていただかなければ。
不安な瞬間すら、愛し愛されている自信を抱いての地団駄ダンスできてしまうのが、かわいい。

 

アンドロメダ」で炸裂するピアノとaikoの声、鉄板の流儀で繰り出すお得意の半音ステップが今回は不安に感じない。浮かれることの不安定を乗りこなしている。

 

 

今までaiko頻出ワードであった「匂い」「香り」がほぼ出てこない点に大きな変化を感じた。

 

心なしか元気ない時は匂いで解る
鼻の効く利口な犬にもなってあげる

(白い服黒い服)

これも、今までのような湿ったエロは感じない。匂いや香り、だけでは無い愛情の確証を得られたからだろうか。

 

どんどん身軽に、素直に、無防備になれる人に出会えたことに浮かれる言葉を、これまでのaiko楽曲史上最高の金管アレンジで踊らせるこの曲に辿り着けて、本当に良かった。

 

あなたはあたしの一番星よ

(夢のダンス)

aikoを聴く④~秋、そばにいるよ

 

気が付けば株式投資歴も10年を超えていた。
期待が不安よりも上回ってコレだと決めた株がジリジリと燃え燻り、塩漬け状態になってしまう事は多々。
ヤキモキさせてくれる分、塩漬け株は愛おしさを増す。
しゃーねーなーコイツは、と。

 

株式投資では、ドライに損切って他の道を選ぶことが賢明だけど、人間の恋愛事情においてはそうはいかない。
沈んで、漬かって、染み込ませて、腐らせてしまってから、浮かび上がれば良いよね。
どれだけ忘れたいと唸っても、忘れられないんだから。

 

4th Album『秋 そばにいるよ』

秋 そばにいるよ (通常盤)

秋 そばにいるよ (通常盤)

 

 発売日:2002/09/04

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1 マント
2 赤いランプ
3 海の終わり
4 陽と陰
5 鳩になりたい
6 おやすみなさい
7 今度までには
8 クローゼット
9 あなたと握手
10 相合傘(汗かきMix)
11 それだけ
12 木星
13 心に乙女

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夏服の残響がまだ後ろ髪を引いて、独りよがりの消化に悶絶して、浮かび上がる「やっと」感。

夏草に委ねてあたし今を生きる(マント)

かすかに残ったニオイがかすって(赤いランプ)

今も好きだよ(おやすみなさい)

あれもこれも忘れるのかなぁ(今度までには)

明日をおりこうに待ってみよう(クローゼット) 

 「おやすみなさい」は塩漬け状態が一気に上昇転換するサイン。

一本の波(電波)に乗せて送る、いつもと同じだけど最後の「じゃあね」と「おやすみ」。

 

またね、ではなくて「じゃあね」。さよなら、ではなくて「おやすみ」。

100点満点じゃないか。

 

浮上して、次のときめきを得たであろう気配から、高らかに生き様宣言しちゃう可愛らしさ。無敵なんだろうな、この瞬間は。

いつまでも心に乙女(心に乙女)